倉敷南同窓会

楠の下に寄せて_同窓会

投稿日:2026年9月7日(月曜日)

母校 倉敷南高校が創立 50 年を超えた。

我々1期卒業生が入学してから半世紀以上経ったことになる。

期待に胸を膨らませて校門をくぐった日が今でも鮮明に思い起こされる。

あの日も校門のわきに植えられた楠はわれわれ新入生を迎えてくれた。

楠は常緑樹で冬でも緑を保つが春を過ぎると葉を落とし、小さな花とともに若葉が
一斉に芽吹く。3年間を過ごした卒業生が巣立ち、新たに新入生を迎える。

50年繰り返された光景と楠の若葉がそろって芽吹く様子が重なり

詩を創ってみた次第である。

俳句には「くす若葉」という初夏の季語がある。
このように詠んでみた。
くすくすとほほえみ

とも立つ くす若葉

以下、太平記の楠について書かれた記述を紹介する。

主上(後醍醐天皇)少し御まどろみありける御夢に、所は紫宸殿の庭前と覚えたる地
に、大きなる常盤木(ときわぎ)あり。緑の陰茂りて、南へ指したる枝、殊に栄え蔓
(はびこ)れり。

二人の童子が現れ、南に向かった玉座に座るよう薦めて後醍醐天皇は目覚める。
「木に南と書きたるは、楠といふ字なり。その陰に、南に向うて座せよと二人の童子
の教へつるは、朕再び南面の徳を治めて、天下の士を朝せしめんずるところを、日
光・月光(菩薩)の示されけるよ。」
(太平記巻第三「主上御夢の事 付けたり楠が事」)
天子は南に向かって座を占め、楠木正成の登場を待つことを示唆している記述であ
る。古来から「天子南面す」と言われ宮廷・皇居は必ず南向きである。由緒ある神社
も然り。敢えて「樟樹」としたのは樟の樹液が昔の虫除けの樟脳に使われたように悪
い虫を寄り付かせないことから。

山風は「嵐」の文字を筆者が二つに分けて詠んだもの。

「眉を上げる」は李白の文から。 眉を上げると目は見開く。

すなわち若者が意気軒高として突き進むの意。

50年が100年に。 永遠に栄光が続くことを願って合唱のために書いた曲には

「倉敷南 GLORIA ETERNUM」と加えた。

母校の繁栄を願ってやまない。

第一期卒業 古城真一